診察室の外にある「23時間40分」を、デジタルが支えてくれる日

「よたきちノート」と書かれた、温かい手書き風のノートのイラスト

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強迫性障害と向き合っていると、しんどいのは診察の場だけじゃない、と私は思います。
むしろ本当に苦しいのは、そのあとに続く長い日常のほうかもしれません。

診察の時間には、自分の状態を言葉にしたり、これからどうしていくかを整理したりできます。けれど、実際に強迫観念や不安に揺さぶられるのは、その短い時間の外側です。家に帰ったあと、仕事をしているとき、外出先、夜ふと静かになった時間。そういう一日のほとんどを、自分なりにやり過ごしていかなければならない。
強迫性障害の苦しさって、案外その「残りの長い時間」に詰まっているのではないでしょうか。

そんな時間を支える方法として、今少しずつ注目されているのが、デジタル療法(DTx)です。

医師が「アプリ」を処方する時代へ

最近は、医師が治療用アプリを使う時代になってきた、という話を見かけるようになりました。
これまでの健康管理アプリとは違って、治療用アプリは、効果や安全性がきちんと確かめられたうえで使われるものです。

この流れを知ったとき、私は少しだけ未来に期待したくなりました。
強迫性障害の分野では、まだ広く使える段階ではないとしても、「日常の中でどう支えるか」に目が向けられ始めていること自体に意味がある気がしたからです。

実際、国内では兵庫医科大学などで、強迫症を対象にした認知行動療法アプリの研究や治験が進められていて、診察の場だけでは支えきれない日常をどう支えるか、少しずつ形にしようとする動きが出てきています。

強迫性障害のつらさは、その場で終わるものではありません。
「もう大丈夫」と思っても、また不安が戻ってくる。
確認したくなる気持ちが、頭から離れない。
安心したくて何かしても、その安心がすぐに揺らいでしまう。
そういうことが、朝から夜まで、生活のあちこちに入り込んできます。

だからこそ、支えが必要なのは診察の時間だけじゃなくて、その外側にある長い日常なんだと思います。

「家で一人」の壁をどう越えるか

強迫性障害の治療では、ERP(曝露反応妨害法)が大事だと言われます。
でも、それが大事だと頭でわかることと、実際に続けられることは、やっぱり別です。

これで合っているのかな、と不安になる。
ここでやめたら意味がないのかもしれない、でも怖い。
一人で向き合っていると、気持ちが揺らぐのも当然だと思います。

強迫性障害って、症状そのものもつらいけれど、一人で抱えながら日常を回していかないといけないことが本当にしんどいんですよね。
だからもし、そこにスマホやデジタルの仕組みが少し入ってきてくれるなら、助かる人はきっといるはずです。

不安の波を記録できる。
自分の考え方のクセを振り返るきっかけになる。
何もかも頭の中だけで抱え込まなくてすむ。
そういう小さなことでも、積み重なるとかなり違うと思います。

デジタル療法に期待したいのは、症状を一気に消してくれる魔法みたいなものではなくて、続けるのがいちばん難しい日常の中で、少し支えてくれることです。

デジタルって、そんなに冷たいものだろうか

正直、デジタル療法と聞くと、最初は少しかたくて冷たい印象を持つ人もいるかもしれません。
機械的で、人のしんどさには寄り添えないような感じがする、という気持ちもわかります。

でも、もしそれが孤独な時間を少し減らすためのものだとしたら、見え方は変わってくる気がします。

強迫性障害は、外からは見えにくい苦しさです。
頭の中では大ごとなのに、周りからはわかりにくい。
誰にも気づかれないまま、自分の中だけで何度も不安が膨らんで、確認したり迷ったりしてしまう。
そういう時間が長いからこそ、人の手が届きにくいところを少し補ってくれる仕組みには意味があるはずです。

対面の治療や人の支えの代わりになる、というよりは、そこだけでは届かない時間を埋めるもの。
そう考えると、デジタルは冷たいものというより、今まで取りこぼされがちだった時間に手を伸ばす工夫なのかもしれません。

今、少し期待したいこと

強迫性障害の分野で、治療用アプリが当たり前に使えるようになるまでには、まだ時間がかかるのかもしれません。
でも、こういう研究や仕組みづくりが進んでいると知るだけでも、少し気持ちが変わります。

これまでは、苦しくても自分で抱えて、自分で何とかするしかないように感じることが多かったかもしれません。
けれどこれからは、診察室の中だけじゃなく、その外にある長い時間にも支えが届くようになるかもしれない。
そう思えるだけで、未来の見え方は少し変わります。

大きく劇的に変わることばかりが希望ではなくて、
少し振り返りやすくなること。
少し気づきやすくなること。
少しだけ、一人で抱え込まなくてすむこと。
そういう変化のほうが、実は日常には効いてくるのかもしれません。

おわりに

強迫性障害の苦しさは、短い診察時間の中だけではおさまりません。
本当に長いのは、その外側にある日常です。

だからこそ、その時間をどう支えるかは、これからの治療を考えるうえでとても大事なことだと思います。
デジタル療法はまだ発展の途中かもしれませんが、もしそれが診察室を出たあとの長い時間を少しでも支えてくれるものになるなら、強迫性障害との向き合い方は今までより少し変わっていくはずです。

一人で抱えるしかなかった時間に、別の支え方が生まれていく。
そんな未来が、少しずつ近づいてきているのかもしれません。

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