「布団に入っても頭が静まらない」「考えごとが次々と浮かんできて眠れない」――強迫性障害のある人にとって、夜は特につらい時間になることがあります。
外からの刺激が減る就寝前は、思考が内側へと向かいやすく、強迫観念や不安が大きくなりやすいのです。
なぜ、眠りたいだけなのに思考が止まらなくなるのでしょうか?
その背後には、脳内ネットワークの過剰な働きが関係しているかもしれません。
1.カギを握るのは「デフォルトモードネットワーク(DMN)」

「頭の中で繰り返し浮かぶ考え(反芻思考)」が止まらなくなる背景には、脳の働きが深く関与していると考えられています。特に、内側前頭前野や後部帯状皮質を含む「デフォルトモードネットワーク(DMN)」の過剰な活動が、思考の暴走や睡眠障害の一因であるとする仮説があります。
DMN(デフォルトモードネットワーク)は、何もしていないときやぼんやりしているときに活性化し、自分自身について考える、過去を振り返る、未来を想像するといった、内的思考に関与する脳のネットワークです。内側前頭前野(mPFC)や後部帯状皮質(PCC)がこのネットワークに関与しています。
意識的な作業に取り組んでいる間はこのネットワークの活動は抑えられますが、手を止めて外的な刺激が減ると、再び活性化するという特徴があります。そのため、DMNは「脳の待機モード」とも表現されることがあります。
強迫性障害の患者では、このDMNの過剰な活動が確認されており、うつ病や不安障害でも同様の神経活動の異常が報告されています。DMNが過剰に働くと、次のような問題が起こりやすくなります。
まず、過剰な内省や反芻(反復思考)が起こります。自分の行動や考えを何度も振り返って後悔したり、まだ起きていない未来を不安に思い続けたりと、思考のループから抜け出せなくなります。強迫性障害の場合、「本当に手を洗ったか?」「鍵は閉めたか?」といった確認の思考が頭の中で繰り返し浮かび、安心感を得ることができません。
また、自分に関する否定的な思考が強まることもあります。強迫性障害患者は「自分は何かおかしいのではないか」「こんなことを考えてしまうのは異常だ」といった自己批判が強くなる傾向があり、これもDMNの過剰な自己関連的思考と関連しています。
さらに、集中力の低下も見られます。DMNが過剰に活性化しているとき、外界に注意を向ける「課題陽性ネットワーク」が抑制され、目の前の作業や会話に集中するのが難しくなります。その結果、日常のちょっとした作業や人との会話にも集中しにくくなり、疲れやストレスが増してしまうこともあります。
最後に、不眠との関連が挙げられます。DMNは特に夜間、外部刺激が少なくなると強く活性化する傾向があり、強迫性障害の特性と相まって「考えすぎて眠れない」といった状態を引き起こしやすくなります。思考が過剰に働くことで、リラックスや入眠が難しくなることが多いです。
このように、DMNの過剰な活動は、強迫性障害の症状を悪化させ、思考の暴走や不眠につながると考えられています。だからこそ、「脳を静かにする工夫」を生活に取り入れることが、症状を和らげる手がかりになるのかもしれません。
デフォルトモードネットワーク(DMN)は、本来、安静にしているときに活性化し、「自己を振り返る」「未来を想像する」「他者の心を思いやる」といった内省的・社会的思考を担う、非常に重要な脳のネットワークです。しかし、DMNが過剰に働くと、思考が止まらなくなり、不安や反芻思考に飲み込まれやすくなります。リラックスの時間が、いつの間にか「考えすぎの時間」に変わってしまうのです。
2.脳の騒がしさ”にブレーキをかけるには?

この“脳の騒がしさ”に対して、瞑想が一つの手がかりとなるかもしれません。
特に注目されているのは、瞑想がデフォルトモードネットワーク(DMN)の活動を抑えるという点です。
実際に、瞑想経験者と未経験者の脳を比較した研究(Brewerら、2011)では、興味深い結果が報告されています。
瞑想中、デフォルトモードネットワーク(DMN)の中核である内側前頭前野(mPFC)と後部帯状皮質(PCC)の活動がが低下し、代わりに背外側前頭前野(DLPFC)や背側前帯状皮質(dACC)とのつながりが強化されることが確認されました。この結果は、瞑想が脳内の“思考の渦”を静め、過剰な内的思考をコントロールする働きを持つことを示唆しています。
なかでも、呼吸に意識を向け続けるような注意集中型の瞑想では、DMNの活動を抑制する前頭前皮質や帯状回などが活性化し、内的思考を客観的にとらえる視点が生まれます。
その結果、強迫的な思考や不安に飲み込まれることなく、一歩引いてそれらを見つめることができるようになり、思考の暴走を防ぐ手段となるのです(Hölzelら、2011; Goldinら、2010)。
こうした研究結果は、「考えすぎて眠れない」と悩んでいる人にとって、重要なヒントになるかもしれません。
瞑想にはDMNの過剰な活動を抑える効果があるとされており、思考の暴走を落ち着かせるための有力な手段といえるでしょう。
強迫性障害や不眠に悩む人にとって、夜に巻き起こる“思考の渦”から抜け出すために、短時間でも静かな瞑想を取り入れてみることは、シンプルながら非常に効果的なアプローチとなります。
3.脳の静けさを取り戻すためにできること
1. 短時間でもできる「マインドフルネス瞑想」から始める
「瞑想は難しそう」と感じるかもしれませんが、1日5分でもOKです。
呼吸に注意を向け、「今この瞬間」に集中するだけでもDMNの活動は和らぎます。
おすすめの書籍:『マインドフルネスストレス低減法』(ジョン・カバットジン)
科学的根拠のあるプログラムがわかりやすく紹介されています。
2. 睡眠前のルーティンを固定する
毎晩同じ流れを作ることで、脳が「今から休む時間だ」と理解しやすくなります。
(例:照明を暗くする → 白湯を飲む → 簡単なストレッチ → 呼吸法 → ベッドに入る)
ルーティンは「自分のリズムを作る」だけでなく、DMNの過剰な活性化を抑える「前もっての静止力」にもなります。
3. 考えが止まらないときは「思考の放出」
就寝前に頭の中が騒がしいときは、紙に書き出すだけでも効果があります。
特におすすめなのは、“寝る前3分日記”。
「今日あったこと」「明日の不安」「今思っていること」をとにかく書き出してみることで、DMNが“タスクを終えた”と認識し、思考が落ち着きやすくなります。
4. 寝具の見直しも一つの手段
脳の過活動が原因でも、身体がリラックスしているかどうかは重要なポイントです。
おすすめのアイテム:
- 加重ブランケット(Weighted Blanket):不安軽減と睡眠の質向上に効果があるという研究もあります。
- アイマスク+耳栓:外部刺激をシャットアウトし、内的ノイズへの注意を逸らせます。
5. 専門的な睡眠療法(CBT-I)の導入も視野に
強迫性障害に加え、慢性的な不眠に悩まされている場合は、不眠症に特化した認知行動療法(CBT-I)も有効です。
CBT-Iでは、睡眠環境の見直し、行動パターンの調整、思考の再構成などを行い、薬に頼らずに睡眠リズムを改善します。
4.まとめ
強迫性障害と睡眠障害は、互いに深く影響し合い、悪循環を引き起こすことがあります。思考の暴走が夜間に強まり、脳のデフォルトモードネットワーク(DMN)が過剰に働くことで、不安や後悔が頭を支配し、眠れなくなるのです。この脳の仕組みを理解することは、症状に対するアプローチを考える上で重要です。
不眠を改善するためには、DMNを抑制する方法やリラックスできる環境を整えることが有効です。瞑想やリラクゼーション法など、脳の過活動を抑えるための取り組みを日常に取り入れることで、睡眠の質を向上させることができるでしょう。
強迫性障害と睡眠の問題は、一度に解決するのが難しいかもしれませんが、少しずつ自分に合った方法を見つけることで、より良い眠りと心の安定に近づくことができます。自分のペースで、焦らず改善を目指していきましょう。
参考文献
Brewer JA, Worhunsky PD, Gray JR, Tang YY, Weber J, Kober H.
Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2011;108(50):20254–20259.
doi: 10.1073/pnas.1112029108