夜になると、不安や考えごとが止まらず、なかなか眠れない。
強迫性障害(OCD)がある人にとって、そんな夜はめずらしくありません。
昼間はどうにか気をそらせても、周りが静かになると、頭の中だけがざわついてくる。
「寝たいのに眠れない」——ただそれだけのことが、深刻な苦しさにつながることもあります。
これは単なる“気のせい”ではなく、脳のあるネットワークの働きすぎが、背景にある可能性があります。
この記事では、強迫性障害と睡眠障害の関係を、脳のメカニズムに注目しながら整理し、後半では、“思考の暴走”を落ち着けるための具体的な工夫も紹介していきます。
「なぜ眠れないのか」が少しでも見えてくることで、無力感から抜け出すきっかけになればと思います。
カギを握るのは「デフォルトモードネットワーク(DMN)」

「頭の中で繰り返し浮かぶ考え(反芻思考)」が止まらなくなる背景には、脳の働きが深く関与していると考えられています。特に、内側前頭前野(mPFC)や後帯状皮質(PCC)を含む「デフォルトモードネットワーク(DMN)」の過剰な活動が、思考の暴走や睡眠障害の一因であるとする仮説があります。
「DMN(内側前頭前野と後部帯状皮質)の過剰な活動」のイメージ図

DMN(デフォルトモードネットワーク)は、何もしていないときやぼんやりしているときに活性化し、自分自身について考える、過去を振り返る、未来を想像するといった、内的思考に関与する脳のネットワークです。内側前頭前野(mPFC)や後帯状皮質(PCC)がこのネットワークに関与しています。
意識的な作業に取り組んでいる間はこのネットワークの活動は抑えられますが、手を止めて外的な刺激が減ると、再び活性化するという特徴があります。そのため、DMNは「脳の待機モード」とも表現されることがあります。
強迫性障害の患者では、このDMNの過剰な活動が確認されており、うつ病や不安障害でも同様の神経活動の異常が報告されています。
デフォルトモードネットワーク(DMN)は、ぼんやりしているときに働く脳のネットワークです。
本来は、静かにアイドリングしているエンジンのようなものですが、
強迫性障害では、空ぶかしのように思考が回りすぎてしまうことがあります。
DMNの過剰な活動によって、さまざまな影響が起こることがわかっています。
以下に、主な4つの影響とその背景をまとめてみました。
DMN過剰活動によって起こる影響まとめ
影響 | 起こること | 背景メカニズム |
---|---|---|
① 反芻・内省の暴走 | 思考ループが止まらない | DMNの自己関連思考が強まりすぎる |
② 否定的思考 | 「自分はおかしい」と責めてしまう | ネガティブな内省が持続する |
③ 集中力の低下 | 会話や作業に集中できない | DMNが優位でTPN(課題陽性ネットワーク)が抑制される |
④ 不眠 | 寝たいのに眠れない | 夜間にDMNが過活動になる |
デフォルトモードネットワーク(DMN)は、本来、安静にしているときに活性化し、「自己を振り返る」「未来を想像する」「他者の心を思いやる」といった内省的・社会的思考を担う、非常に重要な脳のネットワークです。しかし、DMNが過剰に働くと、思考が止まらなくなり、不安や反芻思考に飲み込まれやすくなります。リラックスの時間が、いつの間にか「考えすぎの時間」に変わってしまうのです。
DMNの過剰活動が引き起こす“脳内の悪循環”イメージ図

① 反芻・内省の暴走
まず、過剰な内省や反芻(反復思考)が起こります。自分の行動や考えを何度も振り返って後悔したり、まだ起きていない未来を不安に思い続けたりと、思考のループから抜け出せなくなります。強迫性障害の場合、「本当に手を洗ったか?」「鍵は閉めたか?」といった確認の思考が頭の中で繰り返し浮かび、安心感を得ることができません。
② 否定的思考
また、自分に関する否定的な思考が強まることもあります。強迫性障害患者は「自分は何かおかしいのではないか」「こんなことを考えてしまうのは異常だ」といった自己批判が強くなる傾向があり、これもDMNの過剰な自己関連的思考と関連しています。
③ 集中力の低下
さらに、集中力の低下も見られます。DMNが過剰に活性化しているとき、外界に注意を向ける「課題陽性ネットワーク」が抑制され、目の前の作業や会話に集中するのが難しくなります。その結果、日常のちょっとした作業や人との会話にも集中しにくくなり、疲れやストレスが増してしまうこともあります。
④ 不眠
最後に、不眠との関連が挙げられます。DMNは特に夜間、外部刺激が少なくなると強く活性化する傾向があり、強迫性障害の特性と相まって「考えすぎて眠れない」といった状態を引き起こしやすくなります。思考が過剰に働くことで、リラックスや入眠が難しくなることが多いです。
このように、DMNの過剰な活動は、強迫性障害の症状を悪化させ、思考の暴走や不眠につながると考えられています。だからこそ、「脳を静かにする工夫」を生活に取り入れることが、症状を和らげる手がかりになるのかもしれません。
脳の騒がしさ”にブレーキをかけるには?

この“脳の騒がしさ”に対して、瞑想が一つの手がかりとなるかもしれません。
特に注目されているのは、瞑想がデフォルトモードネットワーク(DMN)の活動を抑えるという点です。
実際に、瞑想経験者と未経験者の脳を比較した研究(Brewerら、2011)では、興味深い結果が報告されています。
瞑想中は、デフォルトモードネットワーク(DMN)の中核を成す内側前頭前野(mPFC)や後帯状皮質(PCC)の活動が低下し、代わりに背外側前頭前野(DLPFC)や背側前帯状皮質(dACC)との機能的結合が高まることが、複数の研究で報告されています。
瞑想による脳活動の変化:DMNの抑制と認知制御ネットワークの強化

これは、瞑想が過剰な内的思考を沈静化し、注意や自己制御のネットワークを強化する可能性を示唆しています。
「考えすぎて眠れない」──そんな夜、何度も経験してきた人にとって、
瞑想が脳の“暴走スイッチ”を静かに切り替えてくれるかもしれない、という研究結果は、
ちょっとした希望になるのではないでしょうか。
瞑想には、DMN(デフォルトモードネットワーク)の過剰な活動をやわらげ、
ぐるぐると思考が回り続ける状態から、抜け出す手助けをしてくれる効果があるとされています。
たとえ数分でも、静かに呼吸に意識を向けてみる。
それだけで、少しずつ脳のモードが切り替わり、
「今ここ」に意識を戻す力が育っていきます。
強迫性障害や不眠に悩む人にとって、
夜に巻き起こる“思考の渦”から抜け出すひとつの方法として、
瞑想はとてもシンプルで、でも実感できるアプローチになり得るのです。
脳の静けさを取り戻すためにできること
1. 「5分間の集中瞑想」でDMNの暴走をリセットする
反芻思考が止まらないときは、まず“脳のモードを切り替える”ことが大切です。
呼吸に意識を向け、浮かんでくる考えは追いかけずにただ「あるな」と気づくだけ。
それだけでDMNの活動はゆるやかにおさまっていきます。
→ スマホアプリ(例:MEISOON、cocorus、Meditopia)を使って手軽に始めるのも◎
2. 「睡眠前ルーティン」で“脳に合図”を送る
毎晩同じ流れを作ることで、脳が「今から休む時間だ」と理解しやすくなります。
(例:照明を暗くする → 白湯を飲む → 簡単なストレッチ → 深呼吸 → 布団に入る)
ルーティンは「自分のリズムを作る」だけでなく、DMNの過活動を前もって抑える効果が期待できます。
3. 考えが止まらないときは「思考の放出」
就寝前に頭の中が騒がしいときは、紙に書き出すだけでも効果があります。
特におすすめなのは、“寝る前3分日記”。
「今日あったこと」「明日の不安」「今思っていること」をとにかく書き出してみてください。
脳は「記録された=もう考えなくていい」と認識しやすくなります。
4. 寝具の見直しも一つの手段
脳の過活動が強いときでも、身体がリラックスできているかどうかは、眠りやすさに大きく関わります。
とくに強迫性障害では、「考えすぎて眠れない」状態の中でも、身体を通して間接的に心を落ち着けるアプローチが重要です。
たとえば、以下のような寝具の工夫は、安心感と刺激のコントロールの面で有効です。
- 加重ブランケット(Weighted Blanket):不安軽減と睡眠の質向上に効果があるという研究もあります。
- アイマスク+耳栓:外部刺激をシャットアウトし、内的ノイズへの注意を逸らせます。
「重みのある掛け布団」である加重ブランケット(Weighted Blanket)は、不安の軽減や睡眠の質の向上に役立つ可能性があるとして、近年多くの研究が行われています。
たとえば、2020年に発表されたスウェーデンの臨床研究(“A randomized controlled study of weighted chain blankets for insomnia”)では、不眠症および精神的な不安を抱える成人120人を対象に、加重ブランケットを使用した睡眠の質を比較しました。
その結果、加重ブランケットを使用した群では:
- 寝つきが早くなり、夜中に目が覚める回数も減少
- 朝の疲労感が軽減
- 不安や抑うつのスコアが下がり、主観的な安心感が向上
といった変化が見られました。
特に、不安障害・ADHD・うつ症状を伴う人に対しては、より顕著な改善が確認されています。
5. 専門的な睡眠療法(CBT-I)の導入も視野に
強迫性障害に加えて、慢性的な不眠に悩まされている場合は、**不眠症に特化した認知行動療法(CBT-I)**というアプローチも選択肢のひとつです。
CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)は、睡眠環境の見直し、就寝前の行動の調整、睡眠に対する考え方の偏りの修正などを通して、薬に頼らずに睡眠の質を改善していく治療法です。
海外では第一選択とされ、日本でも専門外来などを中心に少しずつ導入が進んでいます。
ただし、まだ受けられる施設は限られているため、希望する場合は「睡眠外来」や「CBT-I対応クリニック」などの情報を事前に調べる必要があります。
まとめ:「静まらない脳」と、どう向き合うか
夜になると、不安や思考が渦を巻くように頭を占領して、眠れなくなってしまう。
そんな経験は、強迫性障害のある人にとって珍しいことではありません。
それは「心が弱いから」でも「意思が足りないから」でもなく、脳の働きが一時的に過剰になっているからです。
とくに、ぼんやりと過去や未来を考えてしまうときに活性化する「デフォルトモードネットワーク(DMN)」が、強迫性障害では“空ぶかし”のように暴走してしまう。
――その仕組みを知るだけでも、少しだけ自分を責めずにいられるかもしれません。
瞑想や日記、ルーティンや環境調整といった小さな工夫には、
この暴走した脳のエンジンに“ブレーキ”をかける働きがあります。
ほんの少しの静けさを取り戻すだけでも、「今日もなんとかやっていける」と思える夜が、きっとあります。
脳は変わります。
そして、「考えすぎる癖」にも、少しずつ折り合いのつけ方を学ぶことができます。
眠れない夜が続いても、決して諦めないで。
今日よりも少し静かな夜を、自分の力でつくっていくことは、きっとできるはずです。