「なんだか気にしすぎる人だな」と思っていた部下や同僚が、ある日「強迫性障害と診断されました」と打ち明けてきた。
あなたが職場でそのような場面に直面したら、こんなふうに悩むかもしれません。
「支援したい。でも、どう関わればいいかわからない…」
職場で共に働く以上、相手を思うからこそ、適切な対応がわからず戸惑うのは当然です。この記事では、そんな不安を抱えるあなたと一緒に、“無理なくできるサポート”について考えていきます。

強迫性障害とはどのような疾患かを“知っておくこと”が、大きな支援につながります。この記事で、一緒に考えてみましょう。

一緒に学ぼう!
- 強迫性障害の部下や同僚がいて、接し方に悩んでいる方
- 配慮したい気持ちはあるけれど、何をすればいいのか分からない方
- 精神疾患への対応に不安を感じている上司・人事・管理職の方
- 「支援」と「特別扱い」の違いに戸惑っている方
強迫性障害(OCD)とは?

強迫性障害(OCD)は、「頭では不合理と分かっていても、不安を打ち消すために、やめたくてもやめられない行動を繰り返してしまう」病気です。
職場では、次のような行動として表れることがあります。
こうした行動は、「几帳面な性格」や「こだわり」と見なされがちですが、実際には不安を和らげるために本人が必死で行っている対処行動です。
本人自身も、「やめたいのにやめられない」ことで大きなストレスを抱え、日々葛藤しています。
強迫性障害について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
職場で求められる支援の考え方とは?

“共感”よりも“仕組みと理解”
職場で求められるのは、「気持ちに寄り添うこと」だけではありません。
大切なのは、どうすればお互いに働きやすくなるかを考える姿勢です。
強迫性障害のある人は、自分でも「おかしい」と分かっていても、強い不安のために行動をやめられないことがあります。
だからこそ、気持ちに寄り添う言葉をかけるだけではなく「不安があっても業務をこなせる」「不安になっても対応しやすい」そんな“仕組み”を整えることが、現実的で効果的な支援につながります。

職場でできる5つの対応

強迫性障害を抱える人にとって、職場での安心感は「環境」と「業務の仕組み」によって大きく左右されます。ここでは、言葉かけよりも“具体的な配慮”に重点を置いた5つの対応策を紹介します。
対応例①:「曖昧な指示を避け、ゴールを明確に」
強迫性障害では、「失敗したら大変なことになる」という強い不安から確認作業を繰り返してしまい、業務効率に影響が出ることがあります。とくに「どこまでやればOKか」が不明確なままだと、完璧を求めて作業が止まらなくなることも。
厚生労働省の指針でも、「作業の目的や範囲を明確にし、完了条件を具体的に伝えること」が有効とされています。業務の合格ラインや優先順位をあらかじめ伝えることで、不安の軽減につながります。
対応例②:衛生へのこだわりに理解を示す
強迫性障害の中には、衛生や汚染に対する強い恐怖や不安を伴うケースがあります。共用のマウスやキーボード、書類の受け渡しなど、他人との接触を避けたくなる場面では、業務に支障が出ない範囲での配慮が必要です。
厚生労働省の「障害別にみた特徴と雇用上の配慮」では、環境に対する過敏さに配慮し、共用物の使用について柔軟な対応をとることが示されています。
たとえば、パソコン周辺機器や文房具の個別使用、物の受け渡しを直接手渡しせず机上で行うなど、本人が不安を感じにくい方法に調整することで、安心して業務に集中できる環境が整います。共用のマウスやキーボードに強い不安を感じる場合、個人専用の備品を用意するだけでも大きな安心感につながります。
対応例③:「勤務場所や時間帯の柔軟な調整」
強迫性障害のある人の中には、特定の環境に強い不安や不快感を抱く場合があります。たとえば、人混みや騒音がある場所、周囲の視線が気になる状況では、集中力が妨げられ、症状が悪化しやすくなります。
厚生労働省の報告書『職場におけるメンタルヘルス不調者の支援方策に関する研究』(平成28年度)では、作業環境の調整が支援策として重要であるとされており、業務に支障のない範囲で勤務時間や場所を柔軟に対応することが推奨されています。
たとえば、静かな場所へのデスクの配置変更、混雑を避けた時差出勤、一時的な個室作業などの工夫により、業務への集中と安心感の両立をはかることができます。混雑や騒音がストレスになることも。静かな場所への席替えや時差出勤など、業務に支障のない範囲で調整を。
対応例④:情報共有は“最小限に”(※本人の同意を前提に)
強迫性障害などの精神疾患に関する情報は、職場内でも慎重に扱う必要があります。周囲に配慮内容を伝える場合でも、病名や詳細な症状に触れず、本人の同意を得たうえで必要最低限の情報にとどめることが大切です。
厚生労働省の『メンタルヘルス対策のための教育教材(第5章)』では、「本人の同意を前提に、最小限の範囲で配慮の必要性を伝える」ことが推奨されています。
たとえば、「体調管理のため、特定の業務において調整を行っています」といった伝え方にすることで、周囲の理解を得つつ、本人のプライバシーも尊重することができます。「なぜあの人だけ配慮があるのか?」と周囲が誤解しないよう、病名を伏せた上で必要な情報のみを簡潔に伝えましょう。
対応例⑤:否定せず、安心感を与える声かけを
強迫性障害のある人にとって、「気にしすぎ」「考えすぎ」といった言葉は、自分でもコントロールできない不安を軽視されたように感じさせることがあります。
厚生労働省の『メンタルヘルス対策のための教育教材(第5章)』では、本人の感情や状態を否定せず、「困っていることがあれば話してね」「できる範囲でサポートするよ」といった安心を与える声かけが推奨されています。
無理に前向きにさせようとせず、本人の気持ちやペースを尊重する姿勢こそが、信頼関係を築く第一歩になります。「気にしすぎ」「考えすぎ」などの言葉はNG。本人の不安を否定せず、「何か困っていることがあったら教えてね」と伝えるだけでも、十分な支援になります。

「公平性」と「支援」のバランスをどうとる?

「配慮をすると他の人が不公平に感じるのでは…」
そんな声は、職場で支援を考えるときによく挙がる疑問です。確かに、一部の社員にだけ特別な対応をしているように見えると、他の社員からの反発や誤解を招くこともあります。
しかし、ここで大切なのは「支援=特別扱い」ではないという視点です。
厚生労働省が示す「合理的配慮」とは、その人が力を発揮できるように、必要な条件や環境を整えることを意味します。
たとえば、車いすを利用する社員のためにスロープや昇降機を設置することは、“特別扱い”ではなく、業務を円滑に進めるための正当な環境整備です。
それと同じように、強迫性障害を抱える人にとっての「静かな作業環境」や「明確な業務指示」があることは、仕事の質を保つために必要な条件であり、“特別扱い”ではありません。
むしろ支援のあり方を正しく共有することで、周囲の理解が深まり、職場全体の安心感や働きやすさが高まります。
強迫性障害に限らず、「個別に配慮する文化」が根付くことは、誰かが困ったときに自然と手を差し伸べられるチームづくりにもつながります。
まとめ:一緒に働き続けるためにできること
強迫性障害の本質は、几帳面な性格ではなく、「不安を和らげるための行動が、自分の意思ではやめられない病気」であるということです。
だからこそ、曖昧な業務指示を避け、安心して働ける環境を整えることが、支援の第一歩となります。
無理に変えようとするのではなく、「今できること」を一緒に探しながら進んでいく——そんな関わり方が、本人の安心感を支えるだけでなく、周囲との信頼関係を育て、職場全体の土台を強くしていきます。
上司や同僚、それぞれができる配慮は、決して“特別扱い”ではなく、チームの成熟を促す大切な要素です。
明確な指示や安心できる仕組みは、強迫性障害のある人に限らず、誰にとっても働きやすさにつながり、結果として力を引き出すことにもなります。
本人の希望を尊重しながら、必要に応じて産業医や専門家と連携することも、有効な選択肢のひとつです。
強迫性障害のある人も、そうでない人も、誰もが安心して力を発揮できる職場をつくることは、組織全体にとって大きな価値となるはずです。