TMS(経頭蓋磁気刺激)治療は、強迫性障害(OCD)の新しい治療法として注目されています。TMS治療は、磁場を用いて脳の特定の部位を刺激し、神経活動を調整する方法です。近年の研究では、抗うつ薬や認知行動療法(CBT)などの従来の治療法が十分な効果を示さなかった場合に、TMS治療が有効である可能性が示唆されています。
しかし、TMS治療に対する効果の認識には医師によって差があり、すべての専門家がその有効性を同じように評価しているわけではありません。医師によっては、効果について慎重な立場を取ることもあるため、治療を受ける際には個別の症例に基づいた評価が重要です。
1.TMS治療の仕組み

TMS(経頭蓋磁気刺激)治療は、強迫性障害(OCD)の新しい治療法として注目されています。
TMS治療は、磁場を用いて脳の特定の領域を刺激し、神経活動を調整することで症状の軽減を目指します。特に、前帯状皮質(ACC)と背内側前頭前野(dmPFC)をターゲットとしています。これらの領域は、強迫性障害の症状に深く関与しているCSTC回路(皮質-線条体-視床-皮質回路)に含まれています。
CSTC回路とは、大脳皮質(前頭前野など)から線条体、視床を経由して再び皮質に戻る神経経路で、習慣行動や意思決定、抑制制御に関わっています。強迫性障害患者ではこの回路の活動が過剰になっていることが知られており、これが強迫観念や強迫行為を引き起こす原因の一つと考えられています。TMS治療によってACCやdmPFCを刺激することで、このCSTC回路の過剰な神経活動が調整され、強迫性障害の症状が軽減すると考えられています。
特に、ACCは「情動処理」や「行動抑制」に関与し、dmPFCは「意思決定」や「行動制御」に関与しているため、これらをターゲットとしたTMS治療は強迫性障害の核心的な症状に効果が期待されています。
磁場の刺激によるTMSの作用で神経同士のつながりが柔軟になる(神経可塑性)ことで、脳本来の機能が回復し、効果などが期待できるとされています。
TMS治療には大きく分けて2つの方法があります
深部経頭蓋磁気刺激(dTMS):より深い脳の領域を刺激できる方法で、特に強迫性障害に対して効果が期待されています。dTMSは、従来のTMSでは届きにくかった脳の奥深くにあるACCやdmPFCを直接刺激できるため、治療効果が高い可能性があります。dTMSはFDA(米国食品医薬品局)によって強迫性障害治療に対する適応が承認されており、日本国内でも導入が進みつつあります。
反復経頭蓋磁気刺激(rTMS):繰り返し磁気刺激を与える方法で、刺激の頻度や強度を調整して脳の活動を整えます。rTMSは比較的浅い部位への刺激に適しており、うつ病や強迫性障害の治療に用いられています。rTMSは日本でも一部の医療機関で行われており、強迫性障害に対する有効性が報告されています。
2.強迫性障害におけるTMS治療の効果
TMS(経頭蓋磁気刺激)治療が強迫性障害に有効であることを示す代表的な臨床研究の一つに、Carmi et al.(2019)の研究があります。この研究は、アメリカとイスラエルの複数の医療機関で行われたランダム化二重盲検比較試験で、強迫性障害に対するdTMS(深部経頭蓋磁気刺激)の有効性を検証しました。
この研究では、99名の強迫性障害患者を対象に、20HzのdTMSを6週間にわたって実施。その結果、以下のような改善が確認されました。
項目 | 結果 |
---|---|
被験者数 | 99名 |
刺激方法 | 20HzのdTMS |
実施期間 | 6週間 |
Y-BOCSスコアの平均改善値 | 約6.0ポイント |
30%以上のスコア改善率(奏効率) | 38.1% |
この結果から、dTMSが強迫性障害患者の症状軽減に効果的である可能性が示されています。特に、ACC(前帯状皮質)やdmPFC(背内側前頭前野)といったCSTC回路に関わる領域への刺激が、強迫観念や強迫行為の軽減に寄与していると考えられています。
3.TMS治療のメリットとデメリット
メリット | デメリット |
---|---|
副作用が少ない | 費用が高額 |
・薬物療法に比べて副作用が軽度であることが多い。 ・主な副作用は治療中の頭皮の痛みや頭痛、不快感などで、重篤な副作用は稀。 | ・TMS治療は保険適用外の場合が多く、自己負担額が大きい。 ・1回あたりの治療費が高額で、継続的な経済的負担が生じる可能性がある。 |
薬物抵抗性の患者にも有効 | 通院回数が多い |
・従来の薬物療法や認知行動療法(CBT)で効果が得られなかった患者にも有効な可能性がある。 ・薬物治療と併用することで、効果が増強される可能性がある。 | ・効果を得るには週に複数回(例:週5回)通院する必要があり、時間的な負担が大きい。 ・1回の治療は20〜40分程度かかる。 |
即効性が期待できる | 効果に個人差がある |
・効果が現れるまでの期間が比較的短く、数週間で効果を感じるケースもある。 ・臨床研究では、4〜6週間で強迫性障害の症状が30%程度軽減したという結果もある。 | ・全ての患者に効果があるわけではない。 ・効果の持続期間や再発率には個人差がある。 |
非侵襲的な治療法 | 刺激中の不快感 |
・手術や注射などの身体的な侵襲がない。 ・麻酔も必要ないため、安全性が高い。 | ・治療中に頭皮への刺激やチクチクした感覚を伴うことがある。 ・磁気刺激によって軽度の頭痛や筋肉のけいれんが起こる場合がある。 |
認知機能への悪影響が少ない | 効果が一時的である可能性 |
・脳の特定部位をピンポイントで刺激するため、他の脳機能への悪影響が少ない。 ・認知機能や集中力、記憶力が低下するリスクが低い。 | ・治療効果が持続しないケースがあり、メンテナンス治療が必要になる可能性がある。 ・治療終了後に症状が再発する場合がある。 |
TMS治療は非侵襲的で安全性が高いとされ、薬物療法や認知行動療法が効果を示さなかった場合の新たな選択肢となります。ただし、治療効果には個人差があるため、医師と十分に相談し、メリットとデメリットを理解したうえで治療を進めることが重要です。
4.TMS治療はどんな人に向いている?
- 抗うつ薬や抗不安薬が効かない
- 認知行動療法(CBT)で効果が得られない
- 副作用が少ない治療法を探している
5.まとめ
TMS治療は、強迫性障害(OCD)の新たな治療法として注目されています。従来の薬物療法や認知行動療法(CBT)で十分な効果が得られなかった患者に対しても、TMS治療が効果を示す可能性があると考えられています。特にdTMS(深部経頭蓋磁気刺激)は、これまで刺激が難しかった脳の奥深くにあるACCやdmPFCをターゲットにできるため、強迫症状の改善が期待されています。
今後、TMS治療は技術の進歩とともに、精度や効果の向上が期待されています。個々の脳活動をリアルタイムで解析し、それに応じた最適な刺激を可能にする「パーソナライズドTMS」の研究も進められており、患者一人ひとりにより適した治療が提供される可能性があります。また、TMS治療と薬物療法やCBTを組み合わせることで、相乗効果が期待できるかもしれません。
ただし、TMS治療の効果には個人差があり、すべての患者に同じ効果が得られるわけではありません。医師によってTMS治療の効果に対する見解が異なることもあり、効果を過度に期待しすぎるのは避けた方がよいでしょう。さらに、日本ではdTMSは保険適用外であり、治療費の負担が大きいという課題もあります。
それでも、TMS治療は従来の治療で十分な効果が得られなかった患者にとって、有望な選択肢となる可能性があります。今後の研究と臨床応用の進展によって、TMS治療が強迫性障害治療の選択肢の一つとして確立されることが期待されています。
TMS治療は強迫性障害治療の新たな選択肢となるかもしれません。従来の治療が効果を示さない場合、専門医に相談してTMSの可能性を探ってみる価値があるでしょう。