強迫性障害で「鍵を閉めたか不安になる」のはなぜ?記憶に自信が持てない理由

強迫性障害が記憶を曖昧にする理由

「鍵を閉めたはずなのに、不安が消えない」
「ガスを止めた記憶があるのに、何度も確かめてしまう」

そんな“記憶への不安”に悩んでいませんか?

実はこれ、単なる忘れっぽさや注意不足ではなく、強迫性障害(OCD)に特有の脳のはたらきが関係している可能性があります。

強迫性障害の人は、「確認したはずなのに不安が残る」「やった感覚が薄い」「記憶が曖昧に感じる」といった症状を抱えることがあります。
これは単なる記憶力の低下ではなく、「確認した」という記憶を“信じられない”という認知のクセや、脳の処理の偏りが影響していると考えられています。とくに強迫性障害では、記銘力や注意機能のバランスが崩れることで、記憶があいまいに感じられやすくなるのです。

この記事では、

  • なぜ「記憶が曖昧」に感じるのか
  • なぜ「確認しても安心できない」のか
  • そして、そんな不安にどう対処すればいいのか

医学的な根拠と実践的な対処法の両面から、強迫性障害と“記憶の不確かさ”の関係をわかりやすく解説します。

「何度も確認してしまう自分」に戸惑っているあなたへ、“安心の手がかり”を一緒に探していきましょう。

目次

ちゃんとやったはずなのに、不安だけが残る

強迫性障害における「記憶の不確かさ」の特徴

鍵を閉めた。ガスの元栓も確認した。何度も確認して、手で触った感覚もある。
それでも「本当に大丈夫だっただろうか?」という不安が、頭の中から離れない——。

こうした「行動と不安のズレ」に悩まされるのは、強迫性障害の人によく見られる特徴です。
自分の行動に対して確信が持てず、心の中に“やり残し感”“気持ち悪さ”が残ってしまう。

  • 確かめたのに、なぜか安心できない
  • 見たはずなのに、見た感覚があいまい
  • やったのに、「やったことになっていない」感じがする

そうした不安がつきまとうことで、確認を繰り返す行動へとつながり、日常生活が次第に苦しくなっていくことも少なくありません。

では、なぜ「やったはずのこと」が信じられず、不安だけが残ってしまうのでしょうか?
次のセクションでは、その背景にある脳のしくみや認知のクセについて見ていきます。

なぜ記憶に自信が持てないのか?|脳のしくみに注目

記憶に自信がない原因

強迫性障害(OCD)の人が「ちゃんと確認したのに、不安が消えない」「やった感覚が残らない」と感じる背景には、脳の“記憶の使い方”に特徴があると考えられています。

脳の情報処理の異常

強迫性障害では、前帯状皮質(ACC)や尾状核を含む脳の一部に過剰な活動が見られます。
前帯状皮質は「エラーの検出」や「注意の切り替え」に関与しており、必要以上に反応すると「やり残したかもしれない」「間違っているかもしれない」といった感覚が生まれやすくなります。

また、尾状核の異常によって、「行動を完了した」という実感が得られにくくなるため、行動を終えたという“確信”が脳内で形成されにくくなります(Rauch et al., 1998)

その結果、「確かに鍵を閉めたはずなのに、不安が消えない」という状態が起き、何度も確認するという悪循環が生じます。

記銘力の低下と記憶の曖昧化

強迫性障害のある人は、不安や焦りの中で行動する場面が多いため、注意力が分散しやすくなります。脳が“今この瞬間の行動”にしっかりと意識を向けられない状態では、脳が情報を十分に処理しきれないため、行った行動がうまく記憶に残らず、「やったのに覚えていない」という感覚が生じやすくなります。これは、新しい情報を記憶する力「記銘力」(記憶にとどめる力)が一時的に低下するためです。

さらに、確認行動を何度も繰り返すことで、脳がどの時点の行動を“本当の記憶”とすべきか混乱し、記憶が曖昧になるという側面もあります。
とくに、確認する回数が増えるほど、「最後に確認したのがいつだったか」が曖昧になり、かえって記憶がぼやけてしまうという“逆効果”が起きやすくなります。

このように、「最初にやった行動」の記憶はすでに薄れ、「途中で何度も確認した映像」ばかりが頭の中に積み重なり、どれが本当の行動だったのかわからなくなるのです。
「何度も確認したのに覚えていない」という不安は、実はこの確認のしすぎによって記憶が混濁してしまった結果でもあります。

つまり、もともと記憶されにくいうえに、確認の繰り返しによって記憶の輪郭が崩れてしまう——この二重の構造が、強迫性障害における“記憶の不確かさ”を生んでいるのです。

記憶に自信が持てないのは「記憶の能力」ではなく「信頼感」の問題

ただし、こうした曖昧さが生じるからといって、記憶力そのものに重大な問題があるとは限りません。

実際の研究では、強迫性障害の人は記憶の正確性自体は平均的であることも多く報告されています(van den Hout & Kindt, 2003 など)。むしろ問題になるのは、「自分は覚えていないかもしれない」と感じる“記憶への信頼感”の低さです。

これは、メタ認知(自分の認知を見つめる働き)の一部であり、「本当にやったかな?」「確かに見たはずだけど……」というように、記憶の内容そのものではなく記憶の確かさに自信が持てないという状態を指します。

この「記憶への不信感」が強いと、不確かさに過敏に反応してしまい、行動のたびに確認を繰り返す悪循環に陥ってしまうのです。

不完全恐怖(インコンプリートネス)

強迫性障害には、「物事が完全に終わったと感じられない」「きちんとやり遂げたという感覚が得られない」といった不完全さに対する過敏な不安がみられることがあります。これを「不完全恐怖(インコンプリートネス)」と呼びます。

この感覚は、「まだ終わっていない気がする」「やり残しがあると何か悪いことが起きるかもしれない」といった漠然とした不安として現れ、確認行動や繰り返し行動をやめられなくなる原因のひとつになります。

とくに、記憶への自信が揺らいでいる状態では、「ちゃんと確認した」という感覚が得られにくくなり、不完全恐怖と相まって強迫行為がエスカレートしやすくなります。

記憶の問題は「記憶力」ではなく「記憶の扱い方」にある:強迫性障害における「記憶があいまい」「自信が持てない」という悩みは、単なる物忘れではありません。記銘の段階、記憶への確信、確認行動の影響、ソースの混乱——。
いくつもの認知の仕組みが複雑に絡み合って起こっているものです。
このしくみを知っているだけでも、「なぜこんなに不安になるのか」が少しずつ理解でき、不安との向き合い方も変わってくるはずです。

記憶の不確かさにどう対処するか?今日から試せる記憶への対処法3つ

「記憶に自信が持てない」ことへの対処法

「本当にやったはずなのに、不安が消えない」「覚えていない気がするから、確認しないと落ち着かない」

——これは記憶そのものの問題というより、“記憶を信じられない感覚”が生む葛藤です。

強迫性障害においては、この「記憶への不信感」こそが確認行動を引き起こす大きな要因のひとつです。ここでは、その不安とどう向き合うかを、治療的アプローチと日常的な工夫の両面から考えていきます。

① “意識的な行動”で脳に印をつける

確認行動や日常のルーティンを「自動的に」ではなく、「意識的に」行うだけで記憶への手ごたえが変わってきます。

たとえば、鍵を閉めたときに、「今、鍵を右に回した。音がカチッと鳴った」「ドアを引いて開かないことを確認した」五感の情報を言語化するようにします。

“意識的な行動”で脳に印をつける

これにより「鍵を閉めた」という行動が脳内で強く印象づけられ、あとで思い出すときにも「やった記憶」としてアクセスしやすくなります。

POINT
  • 鍵を閉めるときに「今、私は鍵を閉めている」と心の中で実況する
  • 作業が終わったら深呼吸を1回し、「完了」と区切る合図をつくる

不安の中での「ながら確認」ではなく、意識的に集中して脳に焼き付けるイメージです。

②最初から“一度きり”で終えると決めておく

確認するときに、「あとで不安になったらもう一度見ればいい」と思いながら行動すると、その時点で“2回目以降”の可能性を脳が前提にしてしまいます。

だからこそ、「一度きり」と先に決めておくことが大切です。

最初から確認は“一度きり”で終えると決めておく


鍵をかけるとき、スイッチを切るとき、スマホの充電器を抜くとき——その行動に集中して、「今やっているこの1回で終える」と意識して行います

不安は残るかもしれませんが、「あとから不安になっても、見直さない」と自分の中でルールを作っておくと、確認後にやってくるモヤモヤに振り回されにくくなります。

最初は落ち着かないかもしれませんが、「確認しないままでも何も起こらなかった」という経験の積み重ねが、「不安と共に生きる」自信につながります。

POINT
  • 「1回しかしない」前提で確認することで、脳に“完了”の意識が生まれやすくなる。
  • 1回だけに集中することで、確認そのものの質も高まりやすい。

一度きりに集中することが、記憶の曖昧さを防ぐうえで大きなポイントになります。

慣れないときは必要であれば、行動と同時にメモや日記に「確認済」と記録を残しても構いません。
再確認の代わりに“記録を見る”という選択肢を用意しておくことで、不安とのつきあい方にも余白が生まれます。

③記憶の“信頼性”ではなく“仕組み”に目を向ける

記憶に自信が持てないと、「どうして私はこんなに記憶に自信がないのだろう」と自分を責めてしまいがちです。

でも、強迫性障害では「記憶力」よりも、「記憶を信じる力」に偏りがあることがわかっています。

記憶の“信頼性”ではなく“仕組み”に目を向ける

つまり、あなたの脳は「本当は覚えている」のに、「その記憶を信じきれないだけ」かもしれません。
この仕組みを知っておくだけでも、次に不安に襲われたとき、「また脳が確信をくれないだけかもしれない」と、少し距離を置いて捉えることができるようになります。

POINT
  • 「記憶があいまい、不安がある=やっていない」とは限らないと知る
  • 不安が強いと、記憶の手ごたえは感じにくくなる

この認知のズレに気づけるだけでも、確認衝動の強さは少し変わってきます。

自分の“感覚”ではなく、“やった行動”に注目してみてください。事実は感情と別のところにあります

まとめ:記憶ではなく「今の行動」に自信を持つために

「鍵を閉めたのに不安」「何度見ても納得できない」そんな感覚に、何度も振り回されてきたかもしれません。けれどそれは、あなたの意思の弱さや注意力のせいではなく、強迫性障害に特有の脳の働きや“記憶への不信感”が関わっていることがわかってきました。

安心は、記憶を完璧に信じられるようになることではなく、「一度だけで終える」と決めて、今この瞬間の行動に自信を持てるようになることで育まれていきます。

不安があるままでも、一度きりの確認でとどめてみる。
その積み重ねが、あなたの中に「大丈夫だった」という小さな証拠を残してくれます。

「ちゃんとできたかどうか」ではなく、「確認に振り回されずに過ごせた1日があった」それこそが、安心への第一歩です。
焦らず、あなたのペースで進んでいきましょう。

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この記事を書いた人

✔関西の国立大学医学部で長年、臨床研究業務に携わる
✔強迫性障害と向き合う当事者として、実体験から得た知識や対処法を発信
✔一度しかない貴重な人生の時間を、強迫性障害に縛られ奪われてほしくない――そんな思いでこのブログを運営。

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