強迫性障害患者における病識の欠如

強迫性障害患者の約15%は「病識がない」 強迫性障害の基礎

強迫性障害の患者の多くは、自分の思考や行動が過剰であることを理解している一方で、それを抑えることができずに苦しんでいます。その苦痛は日常生活にも大きな影響を及ぼします。しかし中には、自分の行動が病的なものであり、治療が必要であると認識できていない患者もいます。このような「病識の欠如」は、強迫性障害における重要な特徴の一つであり、治療や回復を妨げる深刻な問題となり得ます。

1.一部の患者に見られる「病識の欠如」の原因

病識の欠如

強迫性障害の患者が病識を欠く理由は多岐にわたります。以下のような要因が複合的に影響し、病識の欠如を引き起こす可能性があります。

  1. 神経生物学的要因
    強迫性障害の患者は、脳の特定の領域、特に前頭前野、基底核、線条体などの脳領域に異常が見られることが多いとされています。これらの領域は意思決定や行動の調整に深く関与しており、その異常が自己認識や行動の調整を困難にすることがあります。結果的に、自分の行動が不適切だと認識することが難しくなる場合があります。
  2. 症状の慢性化
    強迫症状が長期間続くと、患者はその症状を「普通のこと」として受け入れてしまうことがあります。症状が慢性化すると、患者は自分の行動に対する自覚を失い、病識が欠如することがあります。
  3. 心理的防衛機制
    強迫症状が引き起こす不安を軽減するため、患者は無意識的に自己防衛のために症状を認めないことがあります。自分の症状が異常だと認めることによって生じる心理的な苦痛を回避しようとすることが、病識の欠如に繋がる場合があります。
  4. 治療への抵抗感
    強迫的な行動や思考が一時的に安心感をもたらすため、症状を「正常」と感じる患者もいます。このため、自分の症状を治療することへの抵抗が強くなることがあります。治療を受け入れることが、安心感を失うことに繋がるため、治療に対して強い抵抗感を示すことがあります。
  5. 社会的な認識の違い
    強迫性障害の症状は、他の精神疾患と比較して外見的に目立ちにくいため、周囲の人々から十分な理解や支援が得られないことがあります。このため、患者自身も自分の症状を深刻に受け止めず、病識を持ちにくいことがあります。

これらの要因が複合的に作用し、強迫性障害の患者における病識の欠如が生じると考えられています。病識の欠如は治療を進める上で大きな障害となる可能性があるため、早期にその兆候に気づき、適切な支援を行うことが重要です。


2.病識の欠如がもたらす影響

病識が欠如している場合、自身の症状を問題と認識できないため、治療の必要性を感じにくくなります。その結果、以下のような問題が生じる可能性があります。

①医療機関への受診が遅れる

病識が欠如していると、症状を「自分の性格の問題」や「単なる習慣」と捉えがちです。そのため、家族や周囲の指摘にもかかわらず、「問題はない」と思い込み、適切な専門的治療を受けないケースが増えます。受診した場合でも、症状を隠したり、正確に説明しないことがあります。

② 症状の慢性化・悪化

治療を受けるタイミングが遅れると、強迫行動が強化されて慢性化します。脳が「行動をしなければ不安が解消しない」という誤ったパターンを固定化してしまい、行動がエスカレートしていきます。その結果、日常生活に支障をきたすことになります。

③ 日常生活や社会生活への影響

強迫行動に多くの時間を費やすようになると、仕事や学校に遅刻・欠席が増えたり、社会生活に支障をきたすことがあります。これにより、社会的な孤立感やストレスが増大し、さらに症状が悪化することがあります。

④ 合併症のリスクが高まる

病識の欠如が長期化すると、強迫性障害患者は自分の症状を異常だと認識できず、治療を受けないまま症状が悪化することがあります。その結果、うつ病や不安障害を併発するリスクが高まります。

海外の研究によれば、強迫性障害患者におけるうつ病の併発率は約32%、生涯での併発率は67.5%に達することが報告されています(ブラジルにおける815人のOCD患者を対象とした研究)。この研究では、うつ病を併発する患者の方が強迫性障害症状の重症度スコアが高い傾向があることも明らかになっており、うつ病を併発した強迫性障害患者はより深刻な精神的苦痛を抱えていることが示唆されています。

また、強迫性障害患者は不安障害(社会不安障害、パニック障害、全般性不安障害など)を併発することも少なくなく、症状がさらに複雑化する恐れがあります。病識が欠如したまま治療が遅れると、自責感や無力感が強まり、自傷行為や自殺念慮のリスクが高まる可能性もあります。さらに、他者との関係が悪化し、社会的に孤立するケースも見られます。


3.治療への影響とアプローチ

病識の有無は、治療の進行や効果に大きく影響します。病識がある患者は治療に対して積極的に取り組む傾向がありますが、病識が欠如している患者には、まず心理教育を通じて「症状は自分の人格や性格の一部ではなく、脳の機能異常によるものだ」と理解してもらうことが重要です。

治療者は、患者との信頼関係を築きながら、症状やその影響について丁寧に説明することで、患者の理解を深め、治療に対する意欲を引き出すことが求められます。

4.まとめ

病識が欠如している患者では、症状が慢性化しやすく、うつ病や不安障害などの他の精神疾患を併発するリスクも高くなります。そのため、病識の欠如が見られる場合には、できるだけ早い段階で心理教育を行い、適切な治療アプローチを導入することが重要です。

また、患者一人ひとりの状態や背景に応じて、柔軟かつ個別化された対応を行うことが、効果的な治療と回復への鍵となります。

よたきち

✔関西の某国立大学医学部で長年、研究業務に携わる
✔強迫性障害と向き合う当事者として、実体験から得た知識や対処法を発信
✔一度しかない貴重な人生の時間を、強迫性障害に縛られ奪われてほしくない――そんな思いでこのブログを運営。

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