「強迫性障害を抱えていると、脳卒中のリスクが通常の3倍になる」――そんな驚くべき結果が、台湾・Taipei Veterans General HospitalのMu-Hong Chen氏らによる研究で明らかになりました。2021年5月、医学誌Strokeに掲載されたこの研究は、精神疾患と脳血管疾患の関係に新たな視点をもたらしています。
1.強迫性障害患者は脳卒中リスクが高い?

これまでの研究では、強迫性障害のある人は、肥満や糖尿病、高血圧といった脳卒中のリスク因子を併せ持つことが多いとされてきました。しかし、「強迫性障害そのもの」が脳卒中とどう関係しているのかについては、長らく明らかになっていませんでした。
そうした中、台湾の研究チームによる最新の大規模調査が、この疑問に一石を投じました――「強迫性障害は、それ自体が脳卒中の独立した危険因子である可能性がある」というのです。
2.研究の概要
研究対象は、2001年から2010年に強迫性障害と診断された20歳以上の成人28,064例(OCD群)と、年齢・性別・併存疾患をマッチングした同数の対照群。平均年齢は37歳で、女性の割合は51.8%でした。研究では、強迫性障害の診断日から死亡または2011年末まで追跡が行われました。
※比較のために、年齢や性別、糖尿病・高血圧といった持病(併存疾患)の状況ができるだけ近い人たちを同じ人数だけ集め、対照グループを作成しています。つまり、強迫性障害の有無だけが異なる2つのグループを比べることで、「強迫性障害そのもの」が脳卒中リスクにどれだけ影響しているのかを詳しく調べたというわけです。
3.強迫性障害患者の脳卒中リスク

Cox回帰モデルによる解析の結果、OCD群では虚血性脳卒中の発症リスクが約3倍に上昇していました(ハザード比(HR)3.02、95%信頼区間(CI)1.91–4.77)。
特に年齢別で見ると、40〜59歳の強迫性障害患者では約2.7倍(HR 2.66、95% CI 1.34–5.29)、60歳以上の強迫性障害患者では約3.5倍(HR 3.46、95% CI 1.70–7.05)と、年齢が上がるにつれてリスクも増加していました。一方、出血性脳卒中のリスクに関してはOCD群と対照群の間に有意な差はありませんでした。
※ハザード比(HR)とは、ある集団が特定の出来事(例:病気の発症)をどれだけの頻度で経験するかを、別の集団と比較して示す統計指標です。信頼区間(CI)は、その推定値の信頼性やばらつきの範囲を表します。
4.なぜ強迫性障害患者の脳卒中リスクが高いのか?
研究では、強迫性障害自体が虚血性脳卒中の独立したリスク因子であることが示されましたが、そのメカニズムはまだ明確には解明されていません。ただし、いくつかの仮説が考えられます。
- 慢性的なストレスと炎症:強迫性障害患者は持続的なストレスにさらされており、これが慢性炎症を引き起こし、動脈硬化を促進する可能性があります。
- 交感神経の過活動:強迫性障害患者は交感神経が過剰に活性化していることが報告されており、これが血圧上昇や血管障害の原因となる可能性があります。
- 生活習慣の影響:強迫性障害による過剰な強迫行動が、運動不足や不規則な食生活、さらには睡眠不足といった生活習慣の乱れを引き起こすことがあります。これらの要因が脳卒中リスクを高める一因となることが考えられます。
5.強迫性障害患者が注意すべき点
この研究の結果を踏まえ、強迫性障害の患者は脳血管の健康にも十分に注意を払う必要があります。具体的には、以下の点が重要です。
- 定期的な健康診断:血圧、血糖値、コレステロール値のチェックを怠らないようにしましょう。
- ストレス管理:認知行動療法(CBT)やマインドフルネスを取り入れ、ストレスの軽減に努めることが効果的です。
- 生活習慣の改善:適度な運動、バランスの良い食事、十分な睡眠を心がけ、生活習慣を整えることが大切です。
6.まとめ
台湾で行われた大規模な研究によって、強迫性障害のある人は虚血性脳卒中のリスクが高まることが明らかになりました。強迫性障害そのものが独立した危険因子であると判明したことで、今後の医療現場では、強迫性障害患者を診察する際に精神的な治療に加えて、脳血管疾患のリスク管理も重要となるでしょう。精神的なケアだけでなく、全身の健康維持にも目を向けた包括的なサポートが、強迫性障害患者にとってますます重要になります。
参考論文:Risk of Ischemic Stroke in Obsessive-Compulsive Disorder – PubMed (2021)