精神疾患には、それぞれ異なる症状や特徴がありますが、実はその根底には共通した脳のメカニズムが存在することが、近年の研究でわかってきました。
たとえば、強迫性障害(OCD)は、不安やこだわりが強くなり、日常生活に大きな支障をきたす病気です。しかしその背景には、統合失調症(SCZ)や自閉スペクトラム症(ASD)、うつ病(MDD)など、他の精神疾患と共通する神経の働きや遺伝的な要因が関係していることが明らかになっています。
この記事では、強迫性障害と他の精神疾患に共通する神経伝達物質の異常や、脳内ネットワークの機能異常など、最新の知見をもとに解説していきます。
1. 神経伝達物質の異常:セロトニン・ドーパミン・グルタミン酸が鍵を握る

近年の研究により、強迫性障害(OCD)、統合失調症(SCZ)、自閉スペクトラム症(ASD)、およびうつ病(MDD)といった複数の精神疾患に共通する神経生物学的メカニズムが明らかになりつつあります。以下に主な共通点を挙げます。
① セロトニン(Serotonin)
- 役割:感情の安定、衝動の抑制、不安やストレス反応の軽減
セロトニン(Serotonin) | セロトニン関連機能異常/症状 |
---|---|
強迫性障害(OCD) | セロトニン機能低下 → 不安・強迫観念の増大 |
うつ病(MDD) | セロトニン機能低下 → 気分低下、無気力 |
統合失調症(SCZ) | セロトニン受容体(5-HT2A)の過剰活性 → 幻覚 |
自閉スペクトラム症(ASD) | セロトニン機能異常(合成低下・受容体過剰活動) → 社会性の障害 |
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、強迫性障害やうつ病に対して確かな効果があるとされています。また、自閉スペクトラム症(ASD)に見られる不安や強迫的な行動に対しても、一部のケースでは有効とされることがありますが、効果には個人差があり、副作用にも注意が必要です。
② ドーパミン(Dopamine)
- 役割:報酬系、動機付け、快楽の予測、注意、運動制御
ドーパミン(Dopamine) | ドーパミン関連機能異常/症状 |
---|---|
強迫性障害(OCD) | 線条体(尾状核)のドーパミン機能異常 → 強迫行動を強化する可能性 |
統合失調症(SCZ) | ドーパミンD2受容体の過剰活性 → 陽性症状(幻覚・妄想) |
うつ病(MDD) | ドーパミン機能低下 → 興味・快楽の喪失(アネドニア) |
自閉スペクトラム症(ASD) | ドーパミンの調節異常 → 反復行動や報酬系の機能異常に関与 |
抗精神病薬(ドーパミンD2受容体遮断薬)は、統合失調症の陽性症状に対して高い効果を示し、SSRIが効きにくい強迫性障害(OCD)にも補助療法として用いられます。一方、うつ病や自閉スペクトラム症(ASD)への効果は限定的であり、特定の症状に対する補助的な位置づけにとどまっています。
③ グルタミン酸(Glutamate)
- 役割:学習、記憶、神経可塑性
グルタミン酸(Glutamate) | グルタミン酸関連機能異常/症状 |
---|---|
強迫性障害(OCD) | グルタミン酸過剰 → CSTC回路(皮質-線条体-視床-皮質)の過活動 |
統合失調症(SCZ) | NMDA受容体の機能低下 → 認知機能障害・ドーパミン機能異常を介した幻覚 |
うつ病(MDD) | グルタミン酸機能低下 → 意欲低下(報酬系の機能低下) |
自閉スペクトラム症(ASD) | グルタミン酸とGABAのバランス異常 → 感覚過敏や社会性の障害 |
グルタミン酸は、脳の学習や記憶、神経可塑性に深く関わる興奮性神経伝達物質です。強迫性障害ではCSTC回路の過活動、統合失調症ではNMDA受容体機能低下による幻覚・妄想、うつ病では報酬系の機能低下、自閉スペクトラム症ではGABAとのバランス異常によって、それぞれ特徴的な症状が現れることがわかっています。
2. 神経回路の異常:CSTC回路・前頭前野・扁桃体
精神疾患においては、特定の脳部位や神経回路の機能異常が共通して関与していることが分かってきています。ここでは、強迫性障害を中心に、前頭前野、扁桃体、海馬、そしてCSTC回路といった脳領域の異常と、それが各疾患にどのように影響を与えるかを見ていきます。
神経回路 | 役割 | 関与する疾患 |
---|---|---|
CSTC回路(皮質-線条体-視床-皮質) | 習慣行動、意思決定、抑制 | OCD、統合失調症、ASD |
前頭前野(PFC) | 認知機能、注意、意思決定 | OCD、統合失調症、うつ病、ASD |
扁桃体 | 恐怖・不安反応 | OCD、統合失調症、うつ病、ASD |
海馬 | 記憶・空間認知 | うつ病、統合失調症 |
CSTC回路の過活動は強迫性障害に、前頭前野や扁桃体の機能異常は統合失調症やうつ病に関与している可能性があります。
3. 遺伝的要因
強迫性障害、統合失調症、ASD、うつ病には共通する遺伝子の関連が示唆されています。
①SLC1A1(グルタミン酸トランスポーター遺伝子)
- 強迫性障害 → SLC1A1の多型がCSTC回路の異常に関連
- 統合失調症 → SLC1A1の多型がグルタミン酸システムの機能障害に関連
- ASD → SLC1A1の多型が神経可塑性や興奮性シグナルの異常に関連
- うつ病 → SLC1A1との関連は示唆されているが、他疾患よりエビデンスはやや弱い
②HTR2A(セロトニン受容体遺伝子)
- 強迫性障害 → HTR2Aの多型がSSRIの反応性や強迫症状に関連
- 統合失調症 → HTR2Aの機能異常が幻覚や妄想に関連
- ASD → HTR2Aの関連は示唆されているが、決定的ではない
- うつ病 → HTR2Aの多型がSSRIへの反応性や気分障害に関連
③COMT(カテコール-O-メチル基転移酵素)
- 強迫性障害 → COMTの多型がドーパミン調節異常や強迫症状に関連
- 統合失調症 → COMTの多型(特にVal158Met)が認知機能や陽性・陰性症状に関連
- ASD → COMTの関連は示唆されているが、エビデンスはまだ限定的
- うつ病 → COMTの関連はあるが、他疾患に比べると影響はやや限定的
一次親族に疾患歴がある場合、発症リスクが明らかに高まることが示されている。
4. 発達要因・環境要因
幼少期のストレスやトラウマ、虐待などの体験は、扁桃体・前頭前野・海馬といった脳領域に構造的な変化をもたらし、将来的な精神疾患のリスクを高める可能性があります。
また、感染症(たとえばPANDAS)との関連が示唆されており、免疫反応を介して強迫性障害を発症するリスクがあるとされています。
さらに、妊娠中の母体が受けるストレスは、胎児期の神経発達に影響し、自閉スペクトラム症(ASD)や統合失調症の発症リスクを高める可能性があります。
妊娠中の高血糖や妊娠中毒症(妊娠高血圧症候群)も、ASDの発症リスクに関連する要因として注目されています。
5.まとめ:異なる疾患、共通するメカニズム
強迫性障害(OCD)、統合失調症(SCZ)、うつ病(MDD)、自閉スペクトラム症(ASD)には、共通する神経生物学的なメカニズムが関与していることが明らかになりつつあります。
セロトニン、ドーパミン、グルタミン酸といった神経伝達物質の機能異常は、それぞれの疾患の症状と深く関連しており、CSTC回路や前頭前野、扁桃体、海馬などの神経回路の異常も共通して見られます。
また、SLC1A1(グルタミン酸関連)、HTR2A(セロトニン関連)、COMT(ドーパミン関連)といった遺伝子が疾患リスクに関与していることも示されています。さらに、妊娠中のストレスや幼少期のトラウマといった環境要因も、発症リスクを高める可能性があります。
こうした共通点を理解することは、今後の治療法や予防法の開発において、新たな手がかりとなるかもしれません。
今後は、これらの共通メカニズムをターゲットとした治療法の開発が、従来の疾患分類を超えた新たなアプローチとして期待されています。