強迫性障害において、「記憶に自信がない」という感覚は非常に一般的な症状の一つです。「鍵をちゃんと閉めたはずなのに自信がない」「ガスを消したかどうか思い出せない」——このような不安にかられて、何度も確認行動を繰り返すケースは少なくありません。この「記憶に対する不確かさ」は、単なる物忘れや注意不足ではなく、強迫性障害ならではの脳の働きが関係していると考えられています。
この記事では、「記憶に自信が持てない」という現象がなぜ起こるのかを医学的に説明し、それに対処する方法について詳しく見ていきます。
1.記憶に自信がない原因
① 「記憶に自信がない」のは脳の働きの異常が関係している
強迫性障害では、脳の前頭葉(特に前帯状皮質:ACC)や基底核の機能に異常があることが示唆されています。前頭葉(特に前帯状皮質)は行動の制御やエラー検出、注意の調節を担う領域です。強迫性障害の患者では、前帯状皮質が過剰に働くことで、「やり残し」や「不完全さ」への不安が強まる可能性があると考えられています。また、基底核(特に尾状核)は行動の開始や抑制に関わる重要な部位です。この尾状核の働きに異常があると、「やり終えた」という行動の完了感覚が脳にうまく伝わらず、確認行動を繰り返してしまう原因になると考えられています。(Rauch et al., 1998)
脳のこれらの部位が過剰に活性化すると、「本当に正しく行動したか」を確認する機能が正常に働きにくくなる可能性があります。そのため、「確かに鍵を閉めたはず」と思っても、前帯状皮質や尾状核の過活動により不完全感が引き起こされ、不安が消えずに確認行動を繰り返してしまうことがあると考えられています。(Maltby et al., 2005; Fitzgerald et al., 2005)
さらに、記銘力(新しい情報を記憶する力) の低下も影響している可能性があります。記銘力が低下すると、行動した記憶が脳に定着しにくくなり、「鍵を閉めた」という記憶が曖昧になります。その結果、「やったつもりでも、本当にやったのかどうか」がわからなくなってしまうのです。また、確認行動の多さそのものが、記憶の曖昧さを助長する悪循環を引き起こす可能性があります。何度も確認を繰り返すことで、どの確認が実際に行ったものなのかがわからなくなり、ますます記憶に対する自信を失ってしまうと考えられています。
② 「ソースモニタリングの障害」
「ソースモニタリング」とは、自分が経験した出来事を「実際に行ったこと」と「頭の中で想像したこと」を区別する脳の働きのことです。
強迫性障害の患者では、このソースモニタリング機能が低下している可能性があります。このように、強迫性障害の人が「記憶に自信がない」と感じる背景には、脳の情報処理の異常が関わっている可能性があると考えられています。
- 「鍵を閉めた」という行動を実際に行ったことと、頭の中で思い浮かべたことが区別できなくなる
- その結果、「本当に鍵を閉めたかどうか」が不安になり、繰り返し確認してしまう
このように、強迫性障害の人が「記憶に自信がない」と感じる背景には、脳の情報処理の異常が関わっています。
McNally & Kohlbeck (1993) – 強迫性障害の患者は、健康な人に比べて「実際に行ったこと」と「想像したこと」の区別が苦手であることが示唆されている
Tolin et al. (2001) – 強迫性障害の患者は、ソースモニタリング機能が低下している可能性があり、それが確認行動の多さとも関連があることが報告されている
③ 「不完全恐怖(インコンプリートネス)」
強迫性障害に特有の「不完全恐怖」とは、「物事が完全でなければならない」という強いこだわりや不安のことです。
- 「もしかしたら、やり残しがあるかもしれない」
- 「確認していないことで悪いことが起きるかもしれない」
この「不完全恐怖」が「記憶に対する不信感」を増幅させ、繰り返し確認行動をとらせてしまうことがあると考えられています。たとえば、「鍵を閉めたかどうか自信がない → 鍵を閉めた記憶が曖昧 → もう一度確認しなければ不安が解消しない」という悪循環が生まれる可能性があります。
確認行為が増えることで、「何回確認したか」が曖昧になり、さらに不安を強めてしまうこともあります。この確認行動自体が「記憶への自信のなさ」を助長する可能性があると考えられています。
2.強迫性障害における「記憶の不確かさ」の特徴
1.「手続き記憶」より「エピソード記憶」に影響を受けやすいと考えられている
- 手続き記憶:自転車に乗る、タイピングする など
- エピソード記憶:出来事や経験の記憶
👉 強迫性障害では、「エピソード記憶」に不確かさが出やすい
- 鍵を閉めたか、ガスを消したか → エピソード記憶の障害
- 歯磨きの方法や歩き方など → 手続き記憶には影響が少ない
Radomsky et al. (2001) の研究では、OCD患者は「自分が鍵を閉めた」という行動のエピソード記憶に自信を持ちにくいことが報告されている。
Hermans et al. (2008) では、OCD患者は「自分が行ったこと」よりも「自分が考えたこと」を混同しやすく、エピソード記憶の不確かさが確認行動の原因となることが指摘されている。
2.「詳細な記憶」ではなく「感覚的な記憶」に頼っている
強迫性障害の人は、「鍵を閉めたかどうか」などの記憶を、実際の行動そのものよりも「感覚や印象」に基づいて記憶している傾向があると考えられています。
- 「鍵を閉めたかどうか」が行動の記憶ではなく、「不安が残っているから、きっと閉めていない」という感覚に頼ってしまうことがある
- その結果、行動の記憶に自信が持てなくなることがあると考えられる
3.「記憶に自信が持てない」ことへの対処法
1. 曖昧さを受け入れるトレーニング
「曝露反応妨害法(ERP)」は、強迫性障害において最も効果があるとされる治療法です。
- 「鍵を閉めたか不安」 → でも確認しない
繰り返し行うことで脳が「確認しなくても問題ない」と学習
2. 記録を取る
「確認した」という行為をメモに残すことで、記憶の不確かさを和らげるのに役立つ可能性があります。
- 鍵を閉めた → メモに「鍵を閉めた」と記録
記録を見返すことで、「やった」という確信を得られる
電子メモパッドを使えば、すぐに手軽に記録ができ、必要なときにすぐに見返せます。紙のメモと違って消して再利用できるため、手軽に管理できて便利です。
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鍵のチェッカーを使えば、鍵を閉めたかどうかを目で確認できるので、何度も確認する手間を減らすことができます。外出時の不安を軽減してくれる便利なアイテムです。
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3. 「感覚」に頼らず、行動を意識する
「不安だから確認する」のではなく、「実際にやったかどうか」を意識的に判断しようとすることが重要です。
- 「不安だから確認」→ 繰り返すことでより不安が増す
- 「実際に鍵を閉めた →やった事実を意識的に思い出す」 → 不安が軽減される
4.まとめ:記憶への不安は「脳の仕組み」に関連していると考えられる
強迫性障害における「記憶への不信」は、脳の機能障害やソースモニタリングの問題、不完全さへの恐怖、さらに記銘力の低下や確認行為の増加などが複雑に絡み合って生じていると考えられています。
認知行動療法(CBT)や曝露反応妨害法(ERP)を通じて、記憶への不安が和らぎ、過剰に確認しなくても不安が自然に軽減される経験を積むことで、脳が「過剰に確認しなくても大丈夫」と学習する可能性があります。正しい知識と適切な治療法を知ることで、不安の悪循環から抜け出すきっかけとなることが期待されます。